2013年5月10日金曜日

本をたどって1(507asahi)

表紙が、ざわめく

 本が好きだ。でも、私が好きな、その「本」とは何だろう。
 「電子書籍」でも中身は見られる時代が来て、物質としての本、本のたたずまいを私は意識するようになった。
 かたちは「かた」と「ち」に分けて考えることができると、デザイナーの杉浦康平さん(80)はいう。「かた」は塾。そこに「ち」、血であり乳であるものが流れて、脈動が始まると。
 1枚の紙が、表裏に印刷して3回折れば16平になり、立体になっていく。
 「表紙の紙、背に貼り固める親御鰍という布……、本はいろんな材料でできている複合体。背でとじられて、開けば左石に分かれ、また一瞬でひとつになる。ただならぬ入れ物」
 その全面に意匠をこらす挑戦をしてきた。ブックデザインを手がけて半世紀。アジアの表象の専門家でもある。イメージの根源は「ざわめきの渦」。
 この人がデザインした雑誌『噂の真相』や季刊『銀花』の表紙は文字も多く、そういえばざわめいていた。どちらも近年休刊になってしまったが。
 講談社現代新書に至っては、新書なのに、一点一点、顔が違っていた。クリーム色のカバーに、内容を抽出した文章と絵が刷られ、その絵が背にも入っていた。カバーを折り返した後ろの袖には、関連本の紹介文が。それも多色刷り。
 なぜここまで?
 「題字だけ変える無表情な新書では寂しいと思って。カバーは紙の無駄ではないかという思いもあり、余分な1枚をつけるなら、脱ぎ捨てた衣のように、その人のたたずまいや残り香が感じられるものにしたかった」
 講談社現代新書は1964年創刊だ。岩波新書、中公新書を追うものの、低迷期があり、m
年にデザインを一新。それから33年間、2004年まで杉浦デザインだった。本文の組みパタ
ーンも考えた。
 編集者は大変だった。デザイン会議を毎月、杉浦事務所で開き、本の内容を語りながら、カバーのイメージを練った。
 「銀座にあの洋書があるはず、神保町の古書店でこの美術書を、と杉浦さんに言われて、買い集めて行くと、『使えません』と言われたり」。現代新喜の編集長を10年務めた鷲尾賢也さん(68)はふりかえる。、
 「ゲラを読んだ杉浦さんから『これ、出すのやめたら?』と言われて弱ったこともある。けれど、ハウツーものが売れたりする。それも含めて文化。僕らは稼がないと、これぞという本もつくれない」
 デザイン上の高度な要求を、編集者は時に押し返し、時には徹夜してもかなえた。さらに印刷や製本を仕上げる人がいて、本は、かたちになった。
 「本をつくる輪が社会のなかにあって、そこにデザイナーもいた。デザインは、中身があって初めて生まれる。おむすびを一番おいしくする海苔みたいなもの」。そう杉浦さんは言う。(編集委員・河原理子)

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