2013年1月30日水曜日

良識のうしろ側(123asahi)

 多くの人がうすうす感じているのに、周囲の空気を読んで口にしないー。同調圧力、あるいはタブー。そんな存在を扱う個展を、高嶺格(44)が水戸芸術館で、会田誠(47)が東京・森美術館で開いている。
ガマンガマンガマン・・・

 「わらってね みんながいるよ大じょうぶ」 「あいさつは 声と声との 握手だよ」。ロダンから想を得た男性の彫像の周りでそんな標語が電光掲示で次々に流れてゆく。「標語の部屋」と題された展示だ。
 次の「ガマンの部屋」には人物彫刻3体が置かれ、男女の声で「ガマンしなさい」と繰り返し響く。さらに「自由な発言の部屋」に移るとネット上で流布する口汚い言葉の数々が、薄暗い部屋に浮かび上がる。
 「高嶺格のクールジャパン」展(2月17日まで)ではこうした展示と出あう。高嶺は過去にも障害者の性といった事象を扱ってきたが、今回は原発事故後の社会が契機に。「魚の放射線量が気になり水族館に尋ねたら、危険分子のように肇成された。原発の話をしにくい場もある」。そんな空気やタブーが「なぜ生まれたのかを考えたかった」。
 興味深いのは、人間の死など、多く議論されることではなく、震災時に日本人の美徳としても寮られたガマンや、標語といった「好ましいこと」 「良識」を扱ったこと。これで説得力も増した。「標語なんて意味のない行為が続けられていることに違和感があった」。こうした存在も、現在のタブーや慣習の背景になっているというわけだ。
純粋さの利用暴く

 展覧会名のクールジャパンは、アニメやマンガが象徴する「かっこいい日本」を意味する。「こんな状況で『クールジャパン』が唱えられることにいびつなものを感じたから」
一方、「会田誠展 天才でごめんなさい」 (3月31日まで)は大回顧展で、美少女愛やナンセンスに満ちた表現など、惜は広い。その中にやはり、お年寄りのゲートボールや
「一日一善」といった「好ましいこと」の裏側を探る作品がある。
 美術家になった作者が、かつて措かされた道徳的なポスターを、子供らしい画風にひねりを加えて措いた連作もその一つ。子供の純粋さを大人が利用する構図を暴いた。「偽善
的かなと思うことが一般の人より多いのかもしれない」と会田。今回、銀地にカラスを措いた新作を展示。長谷川等伯らを意識しにという精巧で堂々たる表現は−まさに「好ましい」ものだ。しかし子和に見れば、カラスは人の指や目をくわえている。歴史的な名作に触れる表現について会田は、「リスペクトのこともあれば、国宝のように神椅化されるものを俗な内容でおとしのたくなることもある」と話す。2人の美術家は、何を描き出そう
こしているのか。高嶺は「即応性に欠ける美術で、一歩引いた視点から『ジャパン』を
考えたかった」と話し、会田は(エロやグロも含め) 「現代という時代、日本という社会に呼応したもの智作るべきだと患う」と語る。会場ではきっと、美術の力で描き出された「うすうす感じていた日本の実像」と出あうに違いない。
      (編集委員・大西若人)

0 件のコメント:

コメントを投稿