2013年1月13日日曜日

アルバート氏の人生(0111asahi)

弱者の孤独と闇に迫る

 19世紀、アイルランド。不安定な政情も相まって、首都ダブリンは、飢餓と失業に苦しむ人たちで蹴れている。
 アルバートトノッブスは中心街のホテルで働く住み込みの給仕。礼服に身を包み、寡黙で、喜怒哀楽をまったく表さず、儲かばかりのチップを帳面に付け込んでは、床下に貯めこむ。ある日、彼は大男のペンキ屋に秘密を握られた。アルバートは女であった。
 この男、いや女に挑戦するのはアメリカの大物女優グレン・クローズ。ジョージ・ムーアの原作を舞台で演じて30年、映画化の実現に努力し、製作・脚本面でも協力した。一瞬際物かと思うが、社会的問題を背景に、女の本性に切り込んでいく。
 上流階級の不倫の子は、自分の本名も知らず、生まれてすぐ里子に出された。養母の死後、施設へ送られ性的暴行を受ける。男装して身を守る以外、生きる術なく、頼りは金だけだった。
 ペンキ屋夫婦にも世を忍ぶ隠れ蓑があり、それに触発されたか、アルバートは同じホテルのメードとの結婚を夢見た。女の情夫はアルバートの金を狙う。
 偽装しても生きると決意した女同士は寄り添うもの。だが、アルバートは女からも敬遠される。男装が習い性に成ったとはいえ、男ではない。そして最早女には戻れぬ。監督ロドリゴ・ガルシアは抑えた手法で、存在証明なき人間の心の闇に迫る。限りなく孤独で、哀しみを仮面の下に押し隠し、疎外されながらも、自分の居場所を探すひとりの女に、なぜ、グレン・クローズは執着してきたか? なかなかに芯のある女優といえよう。フェミニズムか同性愛かなどと論じる前に、底辺に渦巻くのは弱者の必死のあがきと諦め。主題はあくまで孤独と貧しさにあり、心突き刺す一作だ。(秦早穂子・映画評論家)
 18日から各地で順次公開。

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