2012年10月10日水曜日

日常の実質純粋に(1010asahi)


18世紀仏の巨匠・シャルダン展
 優美で軽快なロココ様式が流行した18世紀フランスにあって、身近な静物と何げない日常を措き続けた画家がいた。ジャン・シメオン・シャルダン(16991779)だ。静寂につつまれた作品は宮廷から一般市民まで人気を博し、印象派などにも影響を与えたという。この特異な画家の、日本初となる個展が東京で開かれている。
 シャルダンは18世紀絵画の巨匠の一人とされるが、日本での知名度は必ずしも高くない。どんな画家だったのか。
 パリの職人の家に生まれ、画家を志す。最初は歴史画を試みたが、静物画に転じて28歳で王立絵画彫刻アカデミーの会員に。その後、風俗画を手がけ、晩年には肖像画も試み
た。当時、最上位の絵画とされたのは、神話や物語を措く歴史画。肖像画がそれに続き、風俗画、風景画・静物画は下位に置かれた。画歴からは、絶えず上位を目指す野心的な姿
が浮かび上がる。
 静物画に転じた理由を、ルーブル美術館名営総裁・館長で今展の監修者でもあるピエール・ローザンベールさんは、こう推測する。「歴史画は知識と想像力で作り上げるが、シ
ャルダンは眼前にあるものをそのままとらえて、その実質を描くことに自らの才能があると気づいた」
     
 例えば「錫引きの銅鍋」と題した初期の静物画は、銅鍋のあるつつましい台所の一隅を描く。死や欲望をほのめかす寓意性はない。中期の風俗画「食前の祈り」は母親と2人の
子どもがいる、タイトル通りの情景。教訓や物語を導きはしない。それでも事物や人物の存在を深く印象づける。
 こうしたシャルダンの作品を、ローザンベールさんは「神話や歴史といった物語的な主題を持たない、純粋な絵画」と評価する。マネやセザンヌが関心を寄せたという指摘も、代表作とされる後期の静物画「木いちごの籠」を見ればうなずける。テーブルの上に果実と花、水の入ったコップが並ぶ静かな情景。ここに軽やかな光が差せば、そのまま印象派の静物画になる。
 シャルダンは下位ジャンルの画家だが、ルーブル宮に居室を与えられるなど、生前から名声を得ていた。風俗画は版画で複製され、一般市民にも親しまれたという。
 日本では戦前から、美術書で図版が紹介され、渡欧した画家が模写するなど美術界では知られていた。だが、戦後も実作が展示される機会は少なく、広く受容されることはなか
った。寡作な作家で、現存する作品は約240点。そのうち38点が並ぶ今展が、国内でシャルダンの画業の概要を知る初めての機会となる。(西岡一正)
 ▽「シャルダン展1静寂の巨匠」は201316日まで、東京・丸の内の三菱一号館美術館。

0 件のコメント:

コメントを投稿