2012年10月25日木曜日

「普天間、本土に移せば早い」(1024asahi)

米で仲井真知事

 米ワシントンを訪れている仲井真弘多・沖縄県知事は23日、東アジアの安全保障をめぐる県主催のシンポジウムに出席した。国内の米軍基地が集中する県の状況を説明。普天間飛行場(宜野湾市)について「県内移設は進展が難しい。日本の本土に移すのが早い」
として、日米が合意した現行実の見直しを訴えた。
 シンポジウムには米政府関係者や現地メディアなど約130人が来場。米ジョージワシントン大のマイク・モチヅキ教授ら安全保障に詳しい日米の識者5人と仲井真知事が登壇し、米国がアジア太平洋地域に国防戦略の軸足を移すなかで、沖縄に求められる「役割」を論じた。
 尖閣諸島の問題と日米の対応に話題が向き、仲井真知事は「日米同盟はますます重要になる」と述べ、「同盟の安定のためにも、普天間移設を早く処理しなければいけない。本土に多くある飛行場に移転するのが一番早い」と萌えた。
  (ワシントン=奥村智司)

スーパーマン、新聞記者は辞めだ!(1023asahi)

最新号、抗議の辞表

 スーパーマンの仮の姿、クラーク・ケントが長年勤めてきたデイリー・プラネット紙の記者をやめることになった。24日に米国で発売されるコミック最新号で「新聞がジャーナリズムではなく、エンターテインメントになっている」と同僚の前で抗議し、辞職すると
いう。作者のスコット・ロブデル氏がUSAトゥデー紙に語った。
 クラーク・ケントはスーパーマンが193葛年に初めてコミックに登場した時から新聞記者の設定。コミックの作者が代わりながらも、40年代からデイリー・プラネット紙が勤務先として措かれてきた。
 ロブデル氏によると、クラーク・ケントは今後、「より現代的なジャーナリズムの仕事」に就くことが検討されている。ブログの開設など、インターネットを通じたニュース発居を試みる可能性があるという。
(ニューヨーク=中井大助、写真はAP)

見えないものを示す機能(1024asahi)

3.11とアーティスト進行形の記録
 アートや芸術とは、実生活で役立たぬものの代名詞的存在だろう。一方で、アートを生み出す人々もアーティストである前に、実生活を送る普通の人間。昨年3月の大震災の後、被災地へ向かった者も多い。この展覧会は、23作家の動きを、ほぼ時系列で淡々と記述している。

 その動きを大別すれば、まず被災者を励ます試み。いや、励ますというのはおこがましい。気分転換を図る、か。2人組のトーチカは仮設住宅の人々とペンライトで空中に絵を描き、加藤翼は故障した灯台の2分の1模型を廃材で横倒しに作り、住民と引き起こした。「みんなでいっしょに」が鍵だ。
 次が記録。宮下マキは被災地の妊婦を現場で、畠山直哉は故郷・陸前高田市の姿を静かにとらえている。タノタイガにいたっては、アートらしいユーモアを込めているとはいえ、がれき撤去鬼どの普通のボランティア活動の跡を写真やゆかりの品々で紹介。そんな「普通」の記録が、美術展に出ていることに軽い戸惑いを栄えつつ、一方で、会場に置かれた、被災者から護り受けたワニの剥製が遠洋漁業に従事する人が多いことを物語ると知り、なるほどとも思う。
 実はこの展覧会は、アートに別の力も見ているように映る。
 会場最初の展示は、照屋勇賢の「自分にできることをする」=写真上。滞在先の前橋市で震災を体験した照屋は、直後の数日間の地元紙1面に大きく載った被災地や福島第一原発の写真部分に切り込みを入れ、小さな芽を数百本立ち上げている。
 藤井光は追悼集会の映像などを教本展示しているが、展覧会の終わり近くの大画面では森の風景を見せる=同下は「沿岸部風景記録」から(部分)。鳥のさえずりがなければ、動画と分からない静けさ。しかし福島県飯舘村の森と知り、ああ、このどこまでも美しい森に放射性物質が降り注いだのだと思う。
 府屋はどんな災厄からも新しい芽が生まれうることに、藤井は飯館の森の本来の美しさに気づかせる。見えないもの、見過ごしがちなものを示すこと。これぞ忘れてはならないアートの機能の一つだろう。タノタイガのワニの剥製に納得したのも、これがあるからに違いない。
 飯館の森でも、毎年新しい芽が生まれ続けるはずだ。見終われば、そう思いが及ぶことになる。  (編集委員・大西若人)
 ▽12月9日まで、水戸市五軒町の水戸芸術館。月曜休館。

若松監督を惜しむ声(1018asahi)

「弱いものの見方。映画に執念」
 
 映画監督の若松孝二(わかまつ・こうじ、本名伊藤孝(いとう・たかし))さんが76歳で亡くなった。東京都内で交通事故に遭い入院、容休が急変して17日午後11時5分に永眠した。ゆかりのある俳優や評論家が突然の死を悼んだ。
 「キャタピラー」 (2010年)に主演し、ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受けた寺島しのぶさんは、公式ホームページに「弱い者の味方で、強いものにはくってかかる監督、(中略)何よりも映画を作り上げることに執念を燃やした監督。今いったい、いったいどこにいらっしゃるんですか?」と記した。
 映画評論家の山根貞男さんは「試写で会つた時、『よく撮るなあ』と話しかけたら、『昔に戻ったんだよ』と言っていた。まだまだ撮っただろうに…:」。
映画監督の高橋伴明さんは「『金をかけていい映画を作るのは当たり前。金をかけずにいい映画を作るのが監督の仕事』と言われたことが印象に残っている。残念です」と話した。
1963年に「甘い撃で監督デビュー。過激な性描写に若者のうっ屈した心情を織り交ぜる独白の作風で「ピンク映画の巨匠」と呼ばれた。
 「千年の愉楽」が8月のベネチア国際映画祭に招待されるなど、国際的にも注目されていた。

先端技術で人間味(1017asahi)

スタジオ・アッズーロ展
 結成30年のイタリアのメディア・ アート集団「スタジオ・アッズーロ」の個展が、川崎市で開かれている。

 初期の代表作「泳ぐ人」と対話型の近作3点。「第4の梯子」(2008年)は、斜路を歩む人々が壁に投影され、触れると、こちらを向いて語り出す。
 子供を意識して作られた「水たまり」(06年)は、壁に投影された水たまりの映像が四季に応じ変化し、床を踏みしめると足跡が現れるなどの変化がある=写真。
 スマートフォンなど反応の速さが追求されがちな時代にあって、彼らの作品は先端技術を使いつつ、少し遅れたりズレたり。そこが詩的、人間的な魅力となっている。(大西若人)
 ▽11月4日まで、川崎市・等々力の川崎市市民ミュージアム。月曜休館。

ウォーホル作品2万点売却へ(1017asahi)

 アートシーズン開幕のニューヨークで、ポップアートの作家アンディ・ウォーホル(1928~即)の遺作を巡るニュースが話題を集めている。作品を管理するアンディ・ウォ
ーホル美術財団が、約2万点の放出を決定。今後数年をかけてほぼすべて売却すると発表した。

 アーティストの財団が収入源となる作品を手放すのは珍しい。が、ウォーホル財団の場合は、作品のイメージ使用料というドル箱がある。食器や時計などを彩るウォーホルのモ
チーフは、年間300万ドル(約2億4千万円)の収入をもたらす。一方、作品の保管には保険料や倉庫代など、高額な維持費がつきものだ。
 「売却による収入増はもちろんだが、保存や販売に要するコストを削滅し、アート助成に専念したい」。財団理事長の発言にもある通り、財団の使命は、アート団体やアーティ
ストヘの金銭的な援助なのだ。それが、現代美術を浸透させたいウォーホルの遺言だった。昨年度の助成総額は約1350万ドル。アート系財団としては全米屈指の規模である。
 放出作品2万点の評価額は総計で約1億ドル。70~80年代に制作された大量の版画作品や写真シリーズが中心で、手頃なウォーホル作品の将来的な高騰をもくろむ向きには、市場
飽和の感は否めない。
 「オークション、オンライン販売など反応を見ながら売却していく。グローバルなウォーホル市場にアピールするはず」と、拡大路線を強調するのは、販売権を獲得したオークション会社クリスティーズの代表だ。
 ウォーホルほどの名前があれば、世界のどこからでも参加できるネッ十販売に群がる新コレクターは多いはず。また、未発表の絵画や50年代のデッサンなど、レアものが飛び出
しそうなのが、11月12日に開催されるオークション第1弾だ。落札予想価格20万円台の版画から1億円を超えそうな三連画まで総数364点。単独作家のオークションとしては最大規模で、今後数年は続くウォーホル・ブランドの展開を占う機会となりそうだ。 (藤森愛実・ライター)

時代を映す顔(1017asahi)

篠山紀信展 写真力/及川正通 イラストレーションの世界
 マスメディアを通して、ある時代の記憶と分かちがたく結びついた「顔」がある。そんな「時代の顔」の集成ともいうべき展覧会が二つ開かれている。

 湖面に浮かぶ水着姿の山口百恵は、1970年代を知る世代に広く共有されるイメージだろ
う。口づけを交わすジョン・レノンとオノ・ヨーコの姿は、その後に続いたレノンの暗殺(80年)という凶事を呼び覚ます。
 撮影者は篠山紀信。60年代末から現在まで、雑誌などに発表した写真から約130点を選ん
だ。大型の写真がひしめく展示=写真上=から、篠山が並走した時代の諸相が浮かび上がる。
 被写体は芸能人やスポーツ選手、作家や芸術家といった「スター」たち。東京ディズニーランドのにぎわいや、歌舞伎の絢爛たる舞台も交じる。鬼籍に入った著名人の肖像を黒い壁面に配した演出を別にすれば、総じて活気にあふれて向日的な写真が並ぶ。例外は、東日本大震災の被災者の肖像が並ぶ最後の展示室。がれきを背景に立つ無名の人々の姿に、時代の切断面が見える。
一方、イラストレーター及川正通は、36年にわたって情報誌「ぴあ」に伴走。俳優や歌手、アイドルらを措いた表紙は1300点を超す。そこから選んだ原画約200点を展示する。
 大きな頭部に小ぶりな体という独自のスタイル。それでも対象の人物をリアルに感じさせる秘密は、点と線による細密な描写と、初期はエアブラシ、近年はコンピューターによる丹念な彩色にあることがうかがえる。
 そこに、いたずらを加えるのが及川流。.ひげそりをほおにあてる広末涼子=同下、97年=や、白地に目鼻と廣だけのマイケル・ジャクソンといった「肖像」には、親愛と諧謔、批評が入り交じる。バルセロナ五輪(92年)特集号の表紙は、ガウディの有名な建築を背景にした田村亮子らしき後ろ姿。顔だけでなく、背中でも時代を措いた。
 「ぴあ」は昨年夏に休刊。情報が紙媒体からネットにシフトした、時代の変化もそこに見える。      (西岡一正)

2012年10月10日水曜日

「言葉の世界とイメージの出現」

美術学科主任の建石修志による1日講座
「言葉の世界とイメージの出現」が、
10/20(土曜日) A.M.10:00~12:00
日本デザイン専門学校「土曜デザインセミナー」の講座として、開講致します。
作品制作と並行して、幻想文学関連の装幀、装画、また挿画を数多く手がけてきた講師が、言葉で構築された世界からいかにヴィジュアルなイメージを導き出してきたか、実例を示しながら話をします。また関連してイメージに対しての想いも語る予定です。

生き方出る「自画像」芸術家9人新作展(1010asahi)


 生き方が顔に出る、という。ならば、「生きることが作ること」である前衛芸術家たちの顔は作品そのもの。そんな顔を作家自らが作品化した「自画像★2012」展が、東京・銀座で開かれ、1950年代から活動する池田龍雄、中村宏をはじめ9人が参加している。作品はすべて本居のための新作という。
 ボクシングをするように絵を措く篠原有司男の自画像は、制作中の姿をそのままカンバスにたたきっけた1枚。都知事選に立候補するなどのパフォーマンスで知られる秋山祐徳太子は、ユーモラスなブリキの立体。犬をモチーフにする立体の作家・吉野辰海は、自らをうなだれた犬に見立てた。
 自画像は初めてという作家も交じる。その一人が中西夏之。赤瀬川原平らと結成した「ハイレッド・センター」での活動をほうふつさせる平面作品を出展。赤瀬川は鉛筆画で迫真の自画像を見せる。ほかに元「束オ・ダダ」の田中信太郎、写真家・石内都が出展。
 ▽20日まで、東京都中央区銀座4413の「ギャラリー58」。日曜休み。

表現深化、内面映す(1010asahi)


愛知・メナード美術館舟越桂個展
「妻の肖像」など22

 リアリティーと神秘性。二つが重なり合う木彫の人物像を生み出す舟越桂(飢)の個展
が、愛知県小牧市のメナード美術館で開かれている。
 約30年間、クスノキに彩色をした肖像彫刻にこだわってきた。これまでに制作した142点の木彫作品のうち、最初期の「妻の肖像」 (197980年)から最新作「月の
降る森」 (2012年)まで、計22点が出品されている。
 表現は深化している。初期には、都会的なファッションとポーズ。その後、脱が胴体
から突き出たような造形や両性具有のスフィンクスに移る。最近は幻想的な女性像が
登場する。
 「月の降る森」もそうだ。「月夜の森の奥で教会のような建物から、女性が生えてい
る場面が浮かんで。美しいものに見えた」。このイメージから、青みがかった影を帯び
た女性の裸体と建物を合体した作品を誕生させた。
 「人間の存在、個人の不思議さ、神秘さをずっと考えてきたことが根っこにある」と
舟越。
 目に見える木彫で表現しているのは、目に見えない人間の内面なのだろう。現実離れ
した造形を評する際に用いられる「異形」との表現には違和感があり、「心象人物」と
くくるのがふさわしいという。
 昨年の東日本大震災で、「アーティストは何の役にも立たないのか」と心が沈んだ
時期があったという。新作にそうした経緯が意識的には影響していないというが、クリ
スチャンである舟越の背景も重なり、神聖な印象を放つ。(高橋昌宏)
 ▽1125日まで。月曜休館。同美術館(0568755787)。

日常の実質純粋に(1010asahi)


18世紀仏の巨匠・シャルダン展
 優美で軽快なロココ様式が流行した18世紀フランスにあって、身近な静物と何げない日常を措き続けた画家がいた。ジャン・シメオン・シャルダン(16991779)だ。静寂につつまれた作品は宮廷から一般市民まで人気を博し、印象派などにも影響を与えたという。この特異な画家の、日本初となる個展が東京で開かれている。
 シャルダンは18世紀絵画の巨匠の一人とされるが、日本での知名度は必ずしも高くない。どんな画家だったのか。
 パリの職人の家に生まれ、画家を志す。最初は歴史画を試みたが、静物画に転じて28歳で王立絵画彫刻アカデミーの会員に。その後、風俗画を手がけ、晩年には肖像画も試み
た。当時、最上位の絵画とされたのは、神話や物語を措く歴史画。肖像画がそれに続き、風俗画、風景画・静物画は下位に置かれた。画歴からは、絶えず上位を目指す野心的な姿
が浮かび上がる。
 静物画に転じた理由を、ルーブル美術館名営総裁・館長で今展の監修者でもあるピエール・ローザンベールさんは、こう推測する。「歴史画は知識と想像力で作り上げるが、シ
ャルダンは眼前にあるものをそのままとらえて、その実質を描くことに自らの才能があると気づいた」
     
 例えば「錫引きの銅鍋」と題した初期の静物画は、銅鍋のあるつつましい台所の一隅を描く。死や欲望をほのめかす寓意性はない。中期の風俗画「食前の祈り」は母親と2人の
子どもがいる、タイトル通りの情景。教訓や物語を導きはしない。それでも事物や人物の存在を深く印象づける。
 こうしたシャルダンの作品を、ローザンベールさんは「神話や歴史といった物語的な主題を持たない、純粋な絵画」と評価する。マネやセザンヌが関心を寄せたという指摘も、代表作とされる後期の静物画「木いちごの籠」を見ればうなずける。テーブルの上に果実と花、水の入ったコップが並ぶ静かな情景。ここに軽やかな光が差せば、そのまま印象派の静物画になる。
 シャルダンは下位ジャンルの画家だが、ルーブル宮に居室を与えられるなど、生前から名声を得ていた。風俗画は版画で複製され、一般市民にも親しまれたという。
 日本では戦前から、美術書で図版が紹介され、渡欧した画家が模写するなど美術界では知られていた。だが、戦後も実作が展示される機会は少なく、広く受容されることはなか
った。寡作な作家で、現存する作品は約240点。そのうち38点が並ぶ今展が、国内でシャルダンの画業の概要を知る初めての機会となる。(西岡一正)
 ▽「シャルダン展1静寂の巨匠」は201316日まで、東京・丸の内の三菱一号館美術館。

2012年10月7日日曜日

「磁力を巡る」第8弾!

10月に入り、演習も第8弾の課題となる。
「ZOO─あるいはノアの方舟」
学科で上野動物園へと出掛け、園内をくまなく探索、画像に収めて資料とするのだった。

無意識・無自覚暴き出す(105asahi)


ChimPom」展/西野達作品
 常識を逸脱し、無意識や無自覚を覚醒させる。ある種の現代美術は、そんなことに挑み続けてきた。いま、常識からの逸脱といえば、6人組の「ChiPom」だろう。矢継ぎ早な
発表が続く彼らが、東京・渋谷のパルコで個展を開いている。

 建物外壁の「PARCO」のネオンから、「P」と「C」を取り外し、室内で「CP(チン
ポム)」と光らせる作品なども楽しいが、見逃せないのが、ビデオ作品の「東京BOMBer
man」 (2012年)だ。
 夜の渋谷にメンバーが現れ、路上のゴミ袋に次々と三つ葉状の「放射線マーク」を描いていく=写真上。これで放射性ゴミということか。なんと大胆な。
 いや、しかし、人々はほとんど無反応。これにもっと驚く。人々は通り過ぎ、交番の近くでもできてしまう。そして翌朝、淡々と収集車に回収される。この何も起こらなさに現実が透けて見え、怖くなってくる。
 西野達(1960年生まれ)が新潟市の「水と土の芸術祭」に出品している「知らないのは
お前だけ」は、さらに過激だ。
 平屋の旧教員住宅を訪ねると足場が組まれ、仮設屋根が載っている。で、階段を上って中に入ると、屋根がスパッと切り取られ、生活感のある部屋が上からのぞき込める。しかもたいてい人が暮らしているのだ=同下。正確には「展示される」前提で申し込んだ人が滞在しているのだが、彼らが会話をしたり食事をしたり、といった場面に出くわすこともあるという。
 「動物園」ならぬ「人間園」とも言えるが、思い浮かぶのが監視社会や防犯カメラあふれる街角。あるいは、私生活が放映される映画「トゥルーマン・ショー」か。それを実空間で展開し、生々しく突きっけるのだ。
 では、「知らないお前」とは誰か。部屋で見られている人なのか。でも、それを見て「ははーん」などと思っている自分もまた、知らないうちに見られているのかもしれないのだ。
 チンポムと西野が逸脱しながら暴き出すものは、無意識と無自覚だけに、なかなか恐ろしい。  (編集委員・大西若人)
 ▽チンポム展は14日まで、東京・渋谷パルコ・パート1。西野の展示は、1224日まで新潟市秋葉区文京町2丁目の小須戸中学プール前。火、水曜休み。