2012年1月21日土曜日

世界でトップを取る(117asahi)

3・11で社会変化
芸術家も動くときもだえ苦しみ作る

 サブカルチャーと伝統絵画を結びつけた独白の作風で活躍する美術
家の村上隆さん。日本の現代美術を代表する作者として海外からの評
価も高い。美術界への厳しい批判者としでも知られる。昨年3月11日
の東日本大震災以降、被災者支援に取り組み、芸術と社会の関わりに
一石を投じている。作品に億の値がつく作家は、何を訴えるのか。


 − 2月のカタールでの個展に向け、東日本大震災後の日本をテーマに、全長100メートルの「五百羅漢図」を制作中だそうですね。
                    
 「日本の歴史をみても、地震や飢野天災が多発したときには、人々が救いを求めて宗教が勃興したり、新たな文化・芸術が生まれたりしてきました。五百羅漢への信仰もそうした苦難のたびに広まり、供養や癒やしとして絵や像がつくられてきた。そうやって先人が危機に際して処してきたことを学んで、自分も五百羅漢国を措いてみようと思い立ちました。いわば温故知新です」
 「縦3メートル、横1メートルのキャンバスに措いて、それを100枚つなげて作
品にします。約100人のスタッフに指示を出しながら制作しています。カタール政府が日本との国交樹立40周年の記念イベントとして首都ドーハで僕の大規模な個展を2月9日から開催してくれるので、そこに展示します。戟光立国を目指すカタールには、世界中から人が集まる。3・11のメモリアルな作品として、一人でも多くの人に見てほしい」
 −今、日本のアニメやマンガは「クール・ジャパン」として海外で評判です。村上さんは、その旗手とも見られているようですね。
 「『クール・ジャパン』なんて外国では誰も言っていません。うそ、流言です。日本人が自尊心を満たすために勝手にでっち上げているだけで、広告会社の公的資金の受け皿としてのキャッチコピーに過ぎない。外国人には背景や文脈のわかりづらい日本のマンガやアニメが少しずつ海外で理解され始めてはいますが、ごく一部のマニアにとどまり、到底ビジネスのレベルに達しておらず、特筆すべきことは何もない。僕は村上隆という一人の芸術家として海外で注目されているのであって、クール・ジャパンとは何の関係もない」
 −では、村上さんの、何が評価されていると思うのですか。
 「日本の美を解析して、世界の人々が『これは日本の美だな』と理解できるように、かみ砕いて作品をつくっていることだと患います。僕は、戦後日本に勃興したアニメやオタク文化と、江戸期の伝統的絵画を同じレベルで考えて結びつけ、それを西洋美術史の文脈にマッチするよう構築し直して作品化するということを戦略的に細かにやってきまし
た。それが僕のオリジナリティーです」
 −それでも、日本政府は「クール・ジャパン」のアニメや玩具、ファッションなどを海外に売り出そうとしています。
 「それは、広告会社など一部の人間の金もうけになるだけ。アーティストには還元されませんし、税金の無駄遣いです。今やアニメやゲームなどの業界は、他国にシェアを奪われて、統合合併が相次ぎ、惨憺たる状態。クリエーターの報酬もきわめて低いうえ、作業を海外に下請けに出すから、人材も育たない。地盤沈下まっただ中です」
    
 −そうした中で、日本の文化を世界に発信するには、何が必要なのでしょう。
 「著作権の整備です。日本のコンテンツが海外に売れても、利益はわずかなのが現状です。映像化権などさまざまな権利も海外に取得されてしまい、日本側の収益につながらない。そんな状態で、クール・ジャパンなどと浮かれていていいのか。もっとアーティストに利益が還元されるように、著作権をはじめとする法制度の整備が急務です。それなのに、日本国政府はビジネスの現状も知らず、国際的な著作権の動向に関してはアメリカに主導権を握られてしまい、右往左往して何も有効な手が打てない」
 −欧米のほうが、芸術活動をする環境としては、日本より優れている、と。
 「そうは言いませんが、欧米には、美術館の学芸員らの人材が豊富で、作品をきちんと評価し、価値付けできるメソッドがある。審美眼を備えて信頼するに足るアート市場もある。意地悪なジャーナリズムもよく勉強していて対抗しがいがある。一方、日本は美術館はたくさんあるだけ。ジャーナリズムは印象批評に偏っており、マーケットを蔑視している。オークション会社にしても、贋作をカタログに載せていたりす
る」
 「日本の場合、教育に目を向けても、美術大学は無根拠な自由ばかりを尊重して、学生に何らの方向性も示さない。芸術には鍛錬や修業が必要なのに、その指導もできない。少子化や国立大学の法人化で、学生がお客さんになってしまい、教師は学生に迎合している。お陰で、あいさつさえまともにできず、独りよがりの稚拙な作品しかつくれない学生ばかりが世に送り出される。先鋭的なものは何も生まれてこない。だから、世界に出ていって通用する芸術家が日本にはほとんどいないんです」
 −それでも、日本で独自に発展を遂げたものもあるでしょう。たとえば、マンガやアニメとか。
 「第2次世界大戦でアメリカに原爆を投下され敗戦した日本は、国家としての主体性を持たないまま、アメリカ依存のもとで、平和な日常を送ることができた。そんな状況の中から生まれてきたのがサブカルチャーやオタク文化なんです。あだ花の
ような文化です」
 「あだ花を大輪に育てるには仕組みが必要なのに、そこへの興味も無いし、労力も惜しむ。僕は世界でどうやってトップを取るかに集中しています。日本人はゴルフでもテニスでも世界一を取れない。なぜか。国内でそこそこ楽してやっていけるから、安心しちゃっている。地方自治体が街おこしにアートを利用するから、アーティストも結構楽にやっていけるので、海外に目が向かないし、無根拠にもの作りを推奨しすぎる。ぬるい」
    一  ■
 −その一方で、震災被災者を支援するチャリティーオークションを開いたり、原発を止めるよう呼びかけたりもしていますね。
 「3・11を経て、以前のように楽して生きられない状況になった。主体性を持って、社会を変えていかなければならない。一芸術家としても行動を起こすべきだと考えます」
l「原発事故による放射能汚染で、日本の国土の中に、人が立ち入ることができない土地が出現してしまった。政府はそこに自衛隊などを行かせて、被曝させながら除染と称して政治的にアピールする。放射能汚染はいまだに各地に広がり続けていま
す。それなのに野田首相は原発事故の収束を宣言し、安全だと言い張る。それはうそです。危険性はわかっているはずなのに、政府はうそを言い、メディアはそのまま報道する。僕はアーティストですからへ・しがらみもなく、間違いは間違いと言
える。国際社会で言い続けます。そういう活動家になる」
−活動家、ですか。
 「僕には宮崎駿さんら何人かの尊敬する芸術家がいて、その遺伝子を受け継いでいるつもりです。彼らは自分の作品が世間に認められたくて仕事をしているんじゃない。本当に世の中を変えたくてやっているんですよ。ただ絵を描いたり、彫刻を作ったりするだけですけど、そうした活動を通して人々を目覚めさせるのが、僕ら芸術家の仕事なんです」
 「でも、普通に考えれば、芸術ごときで世の中は変わらない。芸術なんて、この現代社会の中では無能、無意味です。だけど、やり続けるしかない。僕らがもだえ苦しみながら活動している姿を見て、鼓舞され、勇気づけられる人たちが絶対にいるはずだからです」

取材を終えて
 「思いの丈を全身全霊で作品に表現している」。五百羅漢国に取り組む村上さんは、倉庫を改造した巨大なアトリエ狭しと駆け回っていた。政府の震災対応や日本のアート状況に対し、憤りも口にした。怒りをエネルギーにするかのようにブルドーザーのごとく前へ前へと進む。熱く、圧力さえ感じさせる生き方に圧倒された。 (聞き手・池田洋一郎)

      
●現代美術家 村上隆さん
  62年生まれ。有限会社カイカイキキ代表として若手育成や展覧会企画などにも取り組む。著書に「芸術起業論」「芸術闘争諭」など。



 作品制作の一日は、全国から集まった美大生らスタッフとの朝礼で始まる。「あいさつの言葉を唱和させてます。案外シャキッとしますよ」=高波浮撮影

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