2012年1月26日木曜日

謎深き絵本大人がはまる(111asahi)

豪の作家ショーン・タン「アライバル」
解釈自由の非現実世界…震災後にマッチ

 大人がはまる絵本がある。オーストラリアの作家ショーン・タンの『アライバル』。文字のない絵本で震災直後に刊行され、大人の絵本としては異例の2万5千部という売れ行きだ。新刊『遠い町から来た話』(いずれも河出書房新社)も出た。震災後の日本で多くの人が手にとった絵本、その理由はどこにあるのだろうか。
 『アライバル』は、男が妻と娘に別れを告げ、海を渡って見知らぬ土地にゆき、新しい生活を始めるという内容。言葉は一切ない。見開きの大きな絶や、コマ割りした小さな絵の連なりが物語る。精密なタッチで描く幻想的な世界に、奇妙で非現実的な生き物が
溶け込んでいる。
 発売は3月17日。テーマは移民で、2625円は絵本としてはかなり高めだ。社内では「初版の6千部を売り切るのに3年かかるだろう」と言われたという。
 だが、東京・立川のオリオン書房ノルテ店で「大震災でたくさんの方が家や故郷を失いました。その絶望や苦しみを安易に癒やそうとするのではなく、それそのものとしてしっかり受けとめてくれるような力をもった作品です」というポップを売り場でつけたところ
じわじわと売れ始めた。
 先月22日には都内でショーン・タンの講演会があり、490席あるホールは大人でいっばいになった。講演を聞きに来ていた作家の道尾秀介は「明確な答えがないところがいい」と言う。『アライバル』に衝撃を受けて原書も含めてすべての作品を手に入れたそうだ。「どんなふうにも受け取れる。読み手のイマジネーションによって、物語が変わるのです」
 『遠い町から来た話』を翻訳した岸本佐知子も「わからなさ」にひかれる一人だ。「不思議も謎も、ぽんと提示して説明はしない。でも、それでいいと思う。わからない世界で私たちは生きているのだから」
 『遠い町~』は日常にちょっと不思議が入り込む娼の小さな話からなる。岸本はタンの世界を「ちっぽけなものや異質なもの、分類不能なもの、社会の枠組みからこばれ落ちるようなものにまなざしを向け、寄り添っている」と言う。
 1974年生まれのタンは、父が中国系マレーシア人、母がアイルランドー英国系の移民3世だ。自分はどこから来たのか、居場所はどこなのか。「belonging(属する)」というテ
ーマが根底に流れている、という。
 「物語を作っているときは何も考えていないけれど、潜在的にはいつもこの言葉が自分の問題としてあると思う」とタン。現実とファンタジーの境を漂うような作品は、どこか懐かしさを感じさせる。「普遍的なノスタルジー、できれば存在さえないような空想の
場所へのノスタルジーがあるといいと思って描いています。自分で言っていて意味がよくわからないのですが、そんな強い思いがあります」     (中村真理子)

0 件のコメント:

コメントを投稿