2010年10月5日火曜日

「ぼくは、描かなけりゃならないんだ」(104asahi)

─コトバの記憶─
「ぼくは、描かなけりゃならないんだ」 モーム『月と六ペンス』

 人生半ばにして芸術に魅入られ、妻子も地位も捨てて誰にも理解されない絵を描き続け、タヒチで病死するイギリス人画家チャールズ・ストリクランドを描いた小説。ゴーギャンの生弓陸に憩を得たと、モーム白身が序文で明かしている。
 引用文はパリに出奔したストリクランドが、語り手である青年作家に、技術や才能がなくては成功は難しいと諭されて、いらだたしげに繰り返す言葉。「人が水の申へ落ちたら、どういう泳ぎ方をしようと、うまかろうが、まずかろうが、そんなことは問題でない」とも言う。
 ストリクランドの身勝手さに最初は憤慨した語り手だが、金も名営も求めない禁欲的な資勢に打たれる。絵についても、毒々しい色彩や一見不器用なタッチに驚きながら「ある魂の状態を表現しようと、驚異的な努力をしている」とみてとる。阿部知二訳、岩波文庫。(安部美香子)

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