2010年4月28日水曜日

森村泰昌さんがなりきる「日本の自画像」(4月・日ASAHI引用)




滑稽な表現胸に迫る
 
三島由紀夫から、内外の為政者、ピカソや手塚治虫といった表現者まで。美術家の森村泰昌さん(58)が20世紀を作った男たちに扮した写真や映像作品を集めた個展が5月9日まで、東京都写真美術館で開かれている。誇張や滑稽味にあふれる表現が、なぜか見る者に切々と訴えて
くる。(編集委員・大西若人)

 「静聴せよ。静聴せよ。静聴せよと言っているんだ」
 「森村泰昌 なにものかへのレクイエム」展の会場ホールでは、大画面で、三島に扮した森村さんが叫ぶ。1970年の白衛隊市ヶ谷駐屯地での演説を再現した映像作品だ。しかし憂えるのは、国よりもむしろ芸術。「自分を否定する現代の日本の芸術の流行りすたりに、どうしてそ
んなにペコペコするんだ」と。
 森村さんは85年、自分を受け入れてくれない美術の世界に「これでも食らえ」というつもりで、顔に色を塗ってゴッホの自画像になりきった。
 なりきることによる、自己確認。以後、西洋美術の名作の人物に扮する写真表現で評価を得てきた。「戦後教育では美術といえば西洋美術。だからそこから始めざるをえなかったけど、そろそろ日本に向かってもいいかな、と」。加えて「21世紀になって、20世紀のことが消し去られている」という思いもあった。
 ではどうやって「20世紀の日本」に向かうか。手がかりが三島だった。多感な年齢で撰した、自衛隊での演説と割腹自殺。「彼は三島由紀夫という芸術家名で行動を起こしている。芸術表現ともいえるんです。そこから入れば、浅沼稲次郎にも、あるいは海を飛び越え、時代をさかのばってレーニンにも行ける」
 2006年の三島からシリーズは始まり、ヒトラーにはチャプリンの映画「独裁者」を介してなりきる。映像の中では、笑えるダジャレ演説と、「独裁者になりたくありません」という切々とした演説が交差し、「21世紀の独裁」について考えさせる。
 さらに、ピカソや藤田嗣治らの芸術家に扮した作品が加わった。長い口ひげがはねあがったダリや、はげ頭のピカソ。「彼らは作品以上に、その姿が写真で知られた」。それが20世紀なのだという。
 「心の旅」と森村さんが呼ぶ表現行為は、最新作で、ぐっと作者に近づいてゆく。展示の最後に位置する映像作品「海の幸・戦場の頂上の旗」は、1945年に硫黄島で星条旗を掲げる米兵たちの写真が題材だが、マリリン・モンローや、青木集の絵画「海の幸」を思わせる日米の兵士が行き交う夢の中のような作品だ。そこに、父親に扮した森村さんや母親も登場。最後は兵士たちが、芸術の象徴としての白旗を掲げる。
 小柄な東洋人の男性としての身体を使って道化師のように振る舞いながら、西洋の泰西名画を追い、マリリンに象徴されるアメリカ文化と向きあう。それは、森村さんのセルフポートレート(自写像)であると同時に、明治以降に西洋文化を必死で吸収し、戦後は政治的に去勢されたかのようにアメリカ文化に浸ってきた、日本や日本人の戯画的自画像でもある。だから、ひりひりと胸に迫る。
 森村さんのメークは、眉毛や鼻が強調されているように見え、どこか腹話術の人形を連想させる。それゆえに「この人物は、いったい誰に動かされているのか」という問いが浮上る。、それがまた、日本の自画像であるという思いを強化することになるのだ。
    ◇
 愛知県・豊田市美術館、広島市現代美術館、兵庫県立美術館に巡回。4月28日まで、
東京・清澄1の3の2のシュウゴアーツでも関連展。

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